張替夏子の音楽ブログ。

張替夏子の音楽活動中心のブログです。

音符書きの私が文章を書くことについて 1

今日の投稿はいつもの番組アレンジ解説ではなく、音楽にまつわる小話です。

 

以下、長いですが良かったらお付き合いください。

 

 

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先日、ブログにコメントを下さった方から、
「張替さんは自分の考えや思いを文章にして発信されることがお好きなんですね。
それも結構な量。なかなか出来ないことです。
引き続き発信して下さい!」

といった嬉しい言葉を頂きました。


昔から批判的な言葉をもらうことが多い私なので、応援して頂ける言葉をもらえるのは何よりの励みになります!

 

ここでは番組で手がけたアレンジの構想や担当曲にまつわる話を書いて載せていますが、そういえば私がなぜこうして文章を書きたいと思うようになったのか、ブログを書くきっかけになった事があったなぁと思い出したので、自分なりにまとめてみたくなりました。

 

少し長くなると思いますが、書き始めてみたいと思います。

 

 

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私が自分の考えや想いをブログに書こうと思ったきっかけは、

 

・「作曲者が作品を文章で説明すること」について、ずっと苦手意識があったが、言葉を知り、選んで使う訓練が出来れば今後苦手意識もなくなるかも知れないと思った

 

・音楽活動をするなかで、言葉を使うことが必要だと思うことがあった

 

・具体的に書くことで自分が何を感じて、どう思ったのかを再認識出来ることに気づいた

 

他にもあるかも知れませんが、主なきっかけはこの3つです。


大学生の頃、

・音楽を言葉で表すことは不必要
・曲を書く人がやる役目じゃない

と思っていて、作品を提出する際に必要な「曲目解説」を、毎回楽理の友人に頼んで書いてもらっていました。

 

楽理専攻の人たちは凄いんです。
曲の説明を私がしなくても作曲者が曲に込めた思いやその曲で表現したかったことなど、すべて的確な言葉で文章化してくれます。
それが本業といえばそうなのですが、最初に解説を書いてもらったものを見たとき、心を覗かれた!!と本気で思いました(笑)

ずっと避けていた「音楽を言葉にすること」をなぜするようになったのか、というと、
「同じ音楽家同士でも楽譜だけでは想いが通じないこともある、という経験があったから」

です。

大学を卒業したあと、音楽事務所を退社したあと、さまざまな環境で音楽を学んで来た人たちとの出会いや共演、(クラシック以外の方とも)また拙作曲を初演してもらう機会に恵まれたときに、私が書いたものとなんか方向性が全然違うんだけど…と戸惑ってしまうことが多々ありました。

なんで勝手に解釈するの?
私そんなこと書いてない!!
と、怒りマックス&ストレス満タンで泣きながら帰る日もあったりして、もう書く立場でいることがつらくて辞めようかなと思うこともあり。。。

更に、
「分かってもらえないのは私の譜面を書くちからが足らないせいだ」
と思い、だったらもっと勉強しなきゃ!と先人たちのスコアを書き写したり、何かプラスになることはないかと学生時代のように楽曲分析をする時間を作ったりと、部屋にこもる時間も増えました。

 

また、
「音楽家相手に言葉を使って理解してもらう」
ということに抵抗があったのも事実で、出来たらやりたくない、そんな方法は使いたくない、何より演奏家に失礼だ、という強い想いがありました。

 

音楽を通じて得た小さい頃からのいろいろな経験や、様々なことからの影響からこのような考えになっていったと思うのですが、楽語以外の、まして言葉や文章を書き加えたり相手に言葉で自分の想いを伝えたりすることが、書き手としてやってはいけないことなんじゃないか、という想いがどうしても消えませんでした。

 

そんな想いを抱えたまま、逃げても逃げても、そういう時に限って初演の話を頂いたり、書く仕事を依頼されるものなのですよね…

 

というわけで、また同じようなシチュエーションに、もう無理〜〜!!!と自分を抑えていたものを手放して、相手にどう思われようともういい!初演の話が無くなってもいい!と開き直って演奏者の方に言葉を添えながらリハーサルをしてもらうと、あら?不思議…


うまくいった……

 

すんなり、聞いてもらえた……

 

(最後まで話を理解してもらえず自分流に演奏したツワモノも中にはいましたが…)

 

私が頑なに、
「いやだ!やらない!やりたくない!」
と拒否してたものは何だったんだろう…
というくらいの出来事でした。

 

自分の心が弾けたような、ほぐれていった感覚は今でも忘れられません。

 

その事があってから数年後に出会ったある方のお言葉が、私の考えを更に変えてくれました。

 

「音楽に添えられる言葉はその音楽を理解する拠り所となる」

 

この言葉を聞いて、いろんな事がクリアになり、いろんな角度で「音楽と言葉」について考えることが出来るようになりました。

 

とはいえ、音楽は人それぞれいろんな感じ方があるように、ひとつの言葉、ひとつの言語から感じることは各々違います。

 

でも、方向性を示すことは出来る。

 

万が一、相手に間違って伝わらないように、そのお手伝いとして言葉を使う。

 

それでいいんだなぁ、と思えました。


***


世の中には言葉なんか使わずとも素晴らしい音楽を生み出し、沢山の聴き手に共感を得られる天才がいますが、私は残念ながらただの人です。

 

だったらこれから、言葉を積極的に使ってみよう!

自分の想いを曲にするのはもちろんだけど、自分の考えや想いを伝える言葉も使えるようになろう!

 

と思えたときに始めたのが、この音楽ブログです。

 

(はー、長かった…。一旦ここで区切りますが、もう少し続きます)